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2012年 06月 16日 ( 1 )

父の事

今日は犬ネタではありません。
もうすぐ父の日です。
私の父は8年前に81歳で亡くなりました。

先日、母の実家がある新潟に法事で訪れた時、偶然、両親の若いころの写真を見つけて、写真に収めてきました。

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上の写真、右の男性が父です。(前は叔母)

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海水浴に行った時のものでしょうか。
真ん中が父、右端が母。
1951年とありますから、まだ結婚前のものです。


父は、戦争で捕虜となり、シベリア送りになる途中で逃げて、一年間朝鮮半島をさまよった末、命からがら日本に帰ってきたという経歴の持ち主です。

子どもの頃、寝る前にお話をねだると、いつもその時の話でした。
捕虜になった時、与えられた食べものは、煮豆が数粒だったとか、敵に追われて、竹の棒を咥えて水の中で隠れた話や、逃げている時に現地の家にかくまってもらったり、「うちの子になれ」と誘われたことなど、よく聞かされました。


父は新潟の田舎の生まれで、兄妹が多かったため、十分な教育を受けさせてもらえませんでした。
戦後、いったん自衛隊に入り、並々ならぬ努力をして医療関係の資格をとり、医療従事者として大阪の病院で40年勤めあげました。

趣味と言えば庭いじりくらい、職人気質で言葉少ない父でした。
午後5時半には判を押したように仕事から帰宅しましたが、それから夜11時まで家でも仕事をしていました。

食事をして、少しだけテレビを見て、寝るまでまた仕事。
そんな父にいちどだけ聞いたことがあります。

「どうしてそんなに仕事するの?」
「あんたたちのためだよ」
父はそう言いました。

私はとにかく小さいころからおとうさんっ子でした。
穏やかな父に叱られた記憶はありません。
父の自転車に姉と私、2人のせてもらって、公園やプール、スケート・・・どこにでも連れて行ってもらいました。



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上は晩年、私の勤務先でボランティアをしている時の写真です。
敷地内の草刈りや植栽のお世話をしてくれていました。

ボランティアに来ても、いつの間にか来て、もくもくと草を引き、夕方になると知らないうちに帰って行く、そんな父でした。


父はよく言っていました。

「おとうさんは泣いて頼んでも学校に行かせてもらえなかった。勉強したくても出来ないひともいるんだよ。学べる事に感謝しなさい。」

ごめんね。学費もずいぶん出してもらったけど、あまり期待にこたえられなかったな。


仕事で悩んでいるとき、父は絶対に仕事を辞めろとは言わなかった。

前の職場で、営業に配属になりそうで少し悩んでいたら、

「仕事をさせてもらえることは有難いことなんだよ。やりたくない仕事はこっちからお願いしてでもやるもんだ」

っていわれたっけ。

私が今まで仕事を辞めないで続けてきたのは、父の背中を見ていたからだと思う。

父は私が仕事で頑張っているのを喜んでくれていたから。




今の自分は、父に胸張って報告できるかな。
時々、そんな事を考えたりします。

個人的な話で失礼しました。
次回からはまたわんこネタに戻ります。
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by surusumi0406 | 2012-06-16 00:45
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